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「由来」なんてほどではありません。
ミーハー少女が半ばふざけてつけたペンネームが
今に至ります。



PVの方が画像は綺麗だけど、終始イアンを拝めるこれで。


Echo and the Bunnymen - Bring on The Dancing Horses


80年代中盤から後半にかけて、
少女漫画界にこのようなナイーブな風貌の男の子が席巻したと
言ったら大袈裟かしら?
あえてお名前は挙げませんが、何人もの著名な作家さんが
イアン・マッカロクをモデルに描いておりましたよ。
なのに、私はペンネームにした割には、イアンをモデルにした男の子は
描いてないんですよね。
理由は「髪ベタ」が苦手だったから、というね。
四方八方につんつんしているので、テクニックがある人でないと
ヒジョーに厳しい髪型なのであります。


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カワイ♥
けれど、角度によってはMr,ビーンのような時も。
ま、そこはイギリス人だから。


ペンネームの話に戻りますと、
デビューが決まり、当時の編集長からはペンネームを本名にするか、
変えるかにしなさいと言われていたのですが、
初代担当が若いロックな兄ちゃんで(今やすっかり偉い人)
「オレ、バニーメン好きだからこれでいい。このまんまでいくから。」
の一声で決まり。

投稿時代は「いあん」を漢字にして「維杏」。
もう「そこんとこ夜露死苦(よろしく)」と同レベルの世界ですわ。(笑)
中三の時につけたペンネームだけど、精神は中二病真っただ中。
でも、なんと中国語版のコミックスはこの漢字表記のペンネームなんですよ!

ま、インパクトだけはあったと思います。
本当にたくさんの人から「なぜ?なぜなの?」と言われ続けてきましたから。
今も訊かれたら、上記の説明をします。

ちなみに「いあん坊」とあだなを付けたのは
編集部ではなく、ひうらさとる先生です。
自分の事を「さと丸」。
そして、上田美和先生を「美和ぽん」と
名付けたのもひうら先生です。

じゃあ普段も「いあん坊」と呼ばれていたかと言いますと、
ううん、初対面から「ハヤサカ」って呼び捨て。(笑)
私は敬意を込めて「ひうらさん」「上田さん」と呼んでいるのに
せんぱいたちは「ハヤサカ」って、今も呼び捨てですからぁ~!




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久しぶりに朝からず~っと雨。
こんな日は罪悪感なく、子どもにDSやHuluを与え放題で
仕事できます。はい。

そして私はというと、
こういうお天気の日はなぜか正統派ロックを聴きたくなってしまいます。


The Clash - I Fought The Law


手前の栗色の髪の色男、Bassのポール・シムノンに胸をときめかす!
まるで、ジェームス・ディーンですなぁ・・・。


The Clashは、まごうかたなきイケメンパラダイス♥
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若かりし頃のポール・シムノン♥♥
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そして、
10代の頃からの私の心のバイブル漫画のひとつ。
舞台はロンドン、シド・ヴィシャスとポール・シムノンが
理想的な設定で出てくる素敵な漫画はこちらです♥





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「Aztec camera」
1980年代初頭、ネオアコースティック・ムーブメントの中核的存在でした。

この曲を初めて聴いた時から30年余り。
今でも、ロディ・フレイムが私の青春であり心の王子様であることに変わりはありませ~ん。

Walk out to Winter


↑上がっては削除されを繰り返している動画なので、
突然観られなくなる可能性大です。懲りずに貼りますよー。

当時、中学生だった私のお小遣い3000円は、毎月ではなかったにしろ
2500円で洋楽のアルバムを買い、残り500円で「ミュージックライフ」という
洋楽情報誌を買って無くなりました。
ほんのり色が付くリップクリームも欲しいお年頃ではありましたが、
それよりも何よりも、音楽が聞きたくて、毎日毎日FMを流していました。
そして、「ん?これは・・・!」という曲は録音ボタンを押して、
曲の途中からでもカセットに収めたりして、ある程度は満足して聴いていました。
しかし、アズテックカメラのこの曲を初めて聴いた時、
エアチェックした音源では物足りず、私は次の日お小遣いを握りしめて
レコード屋に走っていました。

漫画を描く道具は、この頃はまだ持ってなくて
絵はもっぱら、安い束で売っている大学ノートに描いてました。
B4の真っ白な紙に、思いっきり絵を描くのが夢でしたね~。
でも、当時の私にとってそれは2500円のレコードよりも贅沢だったんです。

コマを割った漫画を自己流で描いてはいましたが、
物語を最後まで完成させた事は一度もなく、
将来はデザインの仕事に就くのでは?とか、洋服を扱う仕事もいいななど、
ぼんやり考えていて、絶対に漫画家になる!・・・とは思っていませんでした。

・・・が、中3の時に大きなきっかけがあって、
とある少女誌の大阪で開催される移動漫画教室に招待されたんです。
(女の子のイラストを描いて送ったら呼んでもらえました)
そこで、「できる範囲でいいからストーリー漫画を描いて持ってきて」と
編集さんに言われたんです。
すると、俄然母が協力的になり、5000円分の漫画の道具を買ってくれました。
真っ白なケント紙、必要最低限のスクリーントーン、ペン先、インク。
すごく嬉しかったことを覚えています。

昼間は学校があるので、当然作品は完成させられなかったけれど、
「頑張れば、高校2年生の終わりにはデビューできるかもしれない」と
編集さんに言われ、そこで初めてプロの道への現実味が帯びてきた、
そんなスタートでした。
当時は高校生で漫画家デビューってちっとも珍しくなかったんですよ。

しかし、後押ししてくれた雑誌には2本投稿しただけで、
ずっと読み続けていた講談社の雑誌にターゲットを変えました。
なんと、「なかよし」に投稿してたんですよ。
でも、自分の年齢も上がり、等身大の物語が描きたいと思い始め
「別冊フレンド」にシフトしたわけです。


直貼り出来ず。よければ飛んで観てください。


そして、この曲と、ついでに書くとTears For Fearsの「 head over hills 」を
聴くと漫画賞の授賞式で初めて東京に行った時の、当時の新宿や原宿や
講談社近辺の空気が蘇ります。
あ、あと、ここで書いたNick Heywardですね。
それほど作画のお供に聴いていたのでしょうね。



1992年に描いた60p読み切り「ラヴァーズ・ロック」の作中で
アズテックカメラの「Deep & Wide & Tall 」を使わせていただきました。

一般にラヴァーズ・ロックというと、甘美な恋愛を唄った
レゲエのサブジャンルの事で、アズテックカメラの括りとは違うのですが、
この場合「恋人たちのうた」的なニュアンスでタイトルを解釈していただけると
ありがたき幸せ。
当時、たしかジャネット・ケイなんかも聴いていたので、
主人公の名前を「ケイ」にしたのだったかな?
良いですよね、ラヴァーズ・ロックも。

私の作品の「ラヴァーズ・ロック」は、
まだ駆け出しの無名の小説家の主人公と、
音楽業界で芽の出始めた彼とのラブストーリーです。
今なら、彼の成功を手放しで喜んであげられるけど、
22~23歳くらいの私はこんな感じで物事を捉えていたのだな。
ふ~ん、へぇ~。ほんと、恥ずかしいワ・・・。
そう思うと、自分の漫画って日記を読まれてる感覚ですね。

この作品でアズテックカメラの曲を使ったのはなぜだろう、と思い出してみた。
本来ならばもっとべたべたのラブソングの方がしっくりくるはずなんだけど、
何が何でもアズテックカメラを使いたかった。

それはきっと、アズテックカメラをよく聴いていた駆け出しの頃の自分と、
成功を夢見るこのお話のカップルを重ねたかったんだと。



ラヴァーズ・ロック

早坂いあん /講談社

1992年作品。読み切り全3編収録


古い作品ですが、よろしければ読んでやってください。(←低姿勢)


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つい数日前にやっと子どもの冬休みが終わったと思ったのに3連休とか
そんなバナナ。下絵が進まない・・・。
でも、昨日ようやく娘のランドセル(カワイイ!)と迷いに迷った学習机を購入。
肩の荷が下りた・・・ところで、母は頑張らねば。

なぜだか、1年の中でいつも気分が050.gifになってしまう1月なんです。
自分的に鬼門なのかな~?



明るく行かねば!よし、これや。
haircut 100(ヘアカットワンハンドレッド)



バンド名とバンド自体が醸し出すおしゃれさと、
Vo,のニック・ヘイワードの愛くるしさにビックリしたもんです。
男の子なのに!って。
日本人女子好みのルックスですよね。
(ミンカパノピカのエイジくんにも似てなくもないな)
こんなカワイイ男子が学ラン着て学校に居たら、
女子にいじられまくりですよ。

そして、こういうの求めていた的な明るくて良質なUkpops。
良いなぁ~、良いですね~。
しかし、この曲の邦題が「好き好きシャーツ」って、
そうだったっけ?!
ますます可愛いんだけど、当時の洋楽、邦題がどうよ?っていうの
結構ありましたよね。



私のデビュー作「On A Monday」はこの曲のタイトルをもじったもの。



「On A Sunday」
ニック・ヘイワードのソロアルバム「ノース・オブ・ア・ミラクル」で一番好きな曲。

デビュー作の主人公「真理(まさみち)くん」は、
もちろんニック・ヘイワードで。
(私、相当ミーハーな音楽聴きです。すみません。)

作品の内容は、
帰国子女の年下の女の子に、真理が苦手な英語の家庭教師をしてもらう。
その日が「月曜日」だから、このタイトルだったような・・・。
ような、っていうのは・・・自分でもすっかり忘れてるってこった!
このデビュー作を読んでくれた人、どのくらいいるのだろう?

高校1年生の冬にデビューが決まりました。
ほぼ毎月投稿していて、(レコードや本、画材を買うのに賞金はありがたかった)
たしか7作目くらいでした。
毎回、批評に絵やストーリー共に「丁寧に描くように」と書かれていただけに、
荒削りさ満載。(今もか?)
「この程度でもデビューできるのだな」と励みになったのか反感を買ったのか、
投稿者の方からもよくお手紙をいただきました。

デビューが決まった時、嬉しいというよりは
「怖い、ちゃんと描いていけるのだろうか」という不安のほうが相当大きかったです。
だから、ファンレターが大変大変励みになりました。

手元に届いたものには必ずお返事を書いていましたが、
この場であらためて、
今までお手紙やメールをくださった皆様、本当にありがとうございました。
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お正月から寒波襲来で、60年ぶりの大雪となったという京都へ。
宿へはたどり着けても、予定していた観光は出来ないかも・・・と半ば諦めていましたが、
旦那、慣れないシャーベット状の道を頑張って運転してくれました。
その甲斐あって、素晴らしい雪化粧の金閣寺を拝めましたよ。
その姿を一目見ようと、とにかく人人人!

「お正月からこんな姿を見られるとはおめでたい」
「珍しくてありがたい気持ちに」

所々でそんな声が聞こえてきました。

去年はこの後、銀閣寺に行きましたが、今年は三十三間堂へ。
圧巻すぎて、どのように語って良いのやら・・・。
仏像に惹かれる人の気持ちが良くわかる。しっかり拝んできました。
http://sanjusangendo.jp

そもそも、5年生の時の息子の担任が言った、
「せっかくの長期休暇、作られたアトラクションもいいけど、「本物」にも触れるように」
というのが京都めぐりのきっかけです。

このような高尚な京都観光は、恥ずかしながら大人になってからが初めてですけれども、
京都はいろいろな思い出が詰まっている街。
大阪から近いようで少し遠いのが切ないです。
じっくり見ようと思うと、かなり時間を要しますから。



今回、恵文社一乗寺店にも行きたかったけれど、雪の影響で断念。
なにやら、ネオアコを題材にしたイベントで
私の「ラヴァーズ・ロック」を取り上げてくださったようで・・・??
どんな話になったのか・・・かなり、怖い気もしますが・・・。
店長、こんなところで何ですが、ありがとうございます。



ただいま我が家は「Tears for Fears」祭りですよ。



彼らを世界的に有名にしたのは「シャウト」ですが、
私は「ルール・ザ・ワールド」も好きです。
大人になって聴くとより良さが・・・。
初期のアルバム「ザ・ハーティング」の頃も、
当時流行したニューウェイブに収まらない壮大さがありますよね。


最近、このテの話に息子がついて来てくれるように。
ダムド、ピストルズ、バニーメン、ええんちゃう?と。
よっしゃ、よっしゃ、ええ感じに育ってきた。


おまけ。
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鴨川に居たゆきだるまちゃん。良い一年になりますように。
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by ian_hayasaka | 2015-01-05 10:05 | 生活